dot. すべての点は輝石になる

宇宙・魂・光。表現者が好きな事を好きなだけ×ブログ♪

*孔雀*

 

 

 

更新頻度を

下げたというより

 

自然にしていたら

時間があいてしまいました。

 

 

来てくださってありがとうございます。

 

 

寒い日にはどうぞ

温かく。

ご自愛くださいませ。

 

 

 

 

1月最後の日。

今日は わたしにとっては 偉大なる母。

 

祖母の誕生日です。

(すでに天に還られましたが、誕生日は出会いの日でして大事ですw)

 

 

 

ここのところ

怒涛のような流れ(内側ですw)があり

 

色んなことに

気づいたり

思い出したりしています。

 

 

 

 

 

現実的には とてものんびりとした

ありがたい毎日に

感謝でいっぱいです。

 

 

 

そんな折

ふと

去年から 完成間近ながら

仕上げていない画に

目が留まりました。

 

 

ずっと

目に留まる場所に

飾っていて

 

 完成の時期(タイミング)を

 待っている画でした。

 

 

 

 

この画を手元に持ってきてから

 

なにか

付け加えるのかどうかを

眺めていました。

 

 

とくに何かを

付け加えることもなく(笑)

 

本日ようやく

完成だったのね。と

記事にすることにしました。

 

 

おそらくは

昨年の 5月頃 描いた画です。

 

 

8か月間

完成を待っていたのですね。

 

 

なんとなく、そういう画もあります^^*

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孔雀、というよりは

最初は

流れるような 羽衣のイメージでした。

 

 

赤と青の羽衣が

龍のように 流れていました。

 

 

描き拡げていくうちに

羽根が拡がりました。

 

 

羽根にも色々あって

 

繊細な

孔雀のような 光の加減で

輝きが 変わっていく様子を

無心で 打ち込みました。

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用紙のサイズが

これまでより 大きくB4サイズです。

 

一時は

販売する方に 意識を向けていましたが

 

販売に向けて

どなたかに 向けて

過剰な意識が 向かってしまうと

描けなくなる という傲慢さがでる(←じぶんの性質)に気づいて(笑)

 

そこからは

趣味の範囲でやろうと

気楽に 点を打つことの楽しさを 味わっています。

 

 

その方が

純粋に 描きたいものを描ける。と

いうように

 

身軽になりました。

 

 

 

 

 

 

そして

ご縁があれば

そのように 繋がっていく、という

ありがたい経験も重ねることができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

足し算ではなく

引き算で。

 

特に

なんでも 背負っていく癖があるタイプのわたし

 

 

いつでも

 

心掛けて

気軽にしておきたいと

思いました。

 

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 この画は 祖母の誕生日を 完成に決めていたのですね^^*

 

 

 

 

内面の気づきなどは

 

ある場所に

引っ越しさせました。

 

 

これから

ここには

 

大好きなものを

さらに

 

日常にある

奇蹟を 綴っていこうと

思います。

 

 

 

 

 

誰にでも

 

どこにでもある輝石。

 

 

どんな人にも

輝く 奇蹟を。

 

 

 

 

ようやく

思い出しつつある

 

じぶんの感覚で

 

感じていけることが

 

しあわせです。

 

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今日もすべてが

ありがたい。

 

 

 

 

今日もすべてに感謝を。

 

 

ありがとう。

 

 

*女性の強さを知って 男性の寛大さを知る*

 

 

すこーし

のんびり更新になりました^^*

 

自然な感じで。

 

 

今日も来てくださって

ありがとうございます。

 

 

 

昨日、大好きな女優さんが

天に還られました。

 

 

今年になって

思い付きで あるブログを立ち上げ

そこには

少し 書きました。

 

 

そして

どの言葉でも

だれかを語ることはできないな~と

 

感じて

ここでは やめます(笑)

 

 

大好きな女優さん、

 

亡くなった祖母に

似ている感じがして

 

祖母のことを

改めて 思い返しました。

 

 

 

 

 

 

わたしは

生まれてからずっと

祖母に育ててもらいました。

 

 

両親と

なにかあったわけではなく(笑)

 

非情に特殊だったと思います。

 

 

祖母宅には

祖父もいました。

 

 

祖母よりもずいぶん年上で

ご隠居生活を のんびりと過ごしていました。

 

 

わたしは

祖父も大好きでした。

 

 

祖母はとても

厳しく しっかりとした女性でした。

 

 

魂が決めていたのか

 

なにかを感じ取っていたのか

 

 

 わたしを恥ずかしくないように

 しっかり 育て上げなければ。

 

 

孫を面倒みている。のではなく

 

完全な

しつけから

すべて

すごい 手をかけての

子育てをしてくれました。

(大人になってから わかるんですけど(笑))

 

 

 

祖母はとても

強かったので(笑)

 

祖父はいつも

ニコニコとして

叱られた

わたしを慰めてくれました。

 

 

その祖父も

祖母にはいつも

怒鳴られていました。

 

 

 

だけど

祖母は 祖父がいたからこそ

 

あのように自由に

強く生きられたのだ、と

 

祖父の死を直前にした時に

わかりました。

 

 

 

祖父はとても 元気で

この世を去る直前

 

 少し風邪気味。

 

というので

病院に行き

そのまま 入院を告げられました。

 

 

わたしには

感情を見せず

いつも ニコニコしていた祖父ですが

 

その当時

他の家族(大人たち)には

 

 こんなところで 入院できるか!

 

起ったそうです。

 

 

それほど

元気でした。

 

 

 

祖父には 風邪ということになっていて

 

わたしは当時 学生でした。

 

帰宅して

毎日 祖父の病院に向かう。というのが

日課でした。

 

祖母も 付き添いで

病院の方にいたので

 

自然と そうしていました。

 

 

 

ある日

祖母の様子が おかしかったのを

憶えています。

 

 祖父の余命宣告

 

祖母だけが

受けたのだそうです。

 

 

 

あの日、

少しだけ

わかりました。

 

 

 じいちゃんがいたから

 ばぁちゃんが 強く生きられたんだ。

 

と。

 

 

 

 

その後、

祖父は 急いで 天に還りました。

 

 

一度だけ

わたしの夢に

 

 ばぁちゃんの様子を見に来ただけだ。(ニコニコ)

 

していた様子で

出てくれました。

 

 

 

 

 

祖父はとても 静かで

穏やかでした。

 

いつも 自室で

イヤホンで 大好きな囲碁や 相撲をテレビで観たり

 

本を読んだり

新聞を読んでいました。

 

 

なので

家にいても

本当に 静かな存在でした。

 

 

 

祖父が旅立った後

落ち着いてから

 

祖母と

娘である 叔母と

 

わたしで

デパートに出かけました。

 

 

 

帰りの電車に乗る前に

いつも お土産を買います。

 

 

その時

 

 あ。おじいちゃんの分も!

 

 

だれかが口にした時

 

女性3人で

 

なんともいえない

寂しい 静かな感覚で

 

笑い合ったのを

忘れません。

 

 

 そうか。もういないんだわ。

 

 いても

 いないような人だったから!(笑)

 

明るく笑い合いましたが

 

やっぱりどこか

寂しい感じがしました。

 

 

お土産は

仏前にお供えすればいいじゃない!

 

どうせ 3人とも食いしん坊だから(笑)と

 

それ以前と

変わらないものを 買って帰りました。

 

 

 

存在感を

何より 感じた出来事でした。

 

 

その存在は

それぞれの 内側、

 

心の中に

在ったのだと

思います。

 

 

 

 

 

魂の観点、設定

 

色んなことを

去年、知ることができました。

 

 

その時

ある神社の古い鳥居に

 

祖父の名前を見つけました。

 

 

家族の誰も知らなくて

写真を見せると

みな、驚いていました。

 

 

商売をさせていただいた土地の氏神様で

奉納(ご寄付)をしたのだと 思います。

 

 

現実の観点はここまで、ですが

 

祖父も祖母も

(あちらに還った人たちには)

 

この日、わたしが

あの神社に行くことも

 

あの神社で

鳥居を見つけることも

 

知っていたに 違いありません。

 

 

 

この神社は

我が家の 近くにあり

去年から ときどき行かせてもらう神社です。

 

何度も お参りさせていただくにも

関わらず

 

わたしは 鳥居の裏側には

一切 気が付きませんでした。(笑)

 

 

この日は、たまたま。

 

子どもが一緒に行きたい!というので

一緒に 行きました。

 

 

子どものお参りが長いので(笑)

 

あたりを

ふらふら~と 眺めていたら

 

祖父の名前を発見して

 

 え!!!

 

言ったのでした。

 

 

その時

太陽が 燦燦と輝いていて

 

まるで

祖父や祖母

 

ご先祖様たちが

ニコニコされている感じがしました。

 

 

 

 

女性は強いです。

 

だけど

男性の強さがあるからこそ

女性の強さが

発揮されているのだ、と

 

思っています。

 

 

おかげさま。

 

持ちつもたれつ。

 

 

優劣じゃない。

 

 

どちらも 尊い

 

 

 

 

やはり

このような 気づきを

 

どんどんと与えてくれる

祖父と祖母の愛は 深くて大きい。

 

日々、感謝しています。

 

 

 

 

 

わたしが

御年始に 修正会、に

行かせてもらっているお寺も

 

実は

祖父と祖母が

 

 初詣

 

毎年 お詣りに連れて行ったくれたお寺です。

 

 

 

 

子どもの頃には

何も意識していなくて

 

大人になってからは

引っ越しなどもあり

まったく 気づかないままでした。

 

 

 

 

それが一昨年

あれ?と 気づいたことで

 

今でも

 

こちらのお寺に

お詣りしています。

 

 

 

来月の節分祭は

また別の

こちらも ご縁のあるお寺に 行くのですが。

 

 

どこにいても

じいちゃんと ばあちゃんが

ニコニコとしている様子が

ありがたい毎日です。

 

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 うつむく姿も 美しい。

 

 

 

 

今日もすべてに感謝を。

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

*今朝 目に留まった作品*

 

 

昨日は

とっても 冷え込みました。

 

 

ご自愛くださいね。

 

 

読んでくださる方に

感謝、感謝です。

 

 

 

今朝、

別のことを しようと思いながら

 

画像フォルダを 開こうとして

 

ふと。

 

目に留まった

じぶんの作品。

 

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このころは

写真に日付を 入れる設定にしていたので

わかりやすく 9月1日に完成したのだと 思います(笑)

 

 

一気に

いろんなものを 仕上げたりは

できないのですが

 

去年の3月に

初めて 画を描いて おおよそ半年。

 

 

 

だけど

画を見ると

 

その時の コンセプトは

蘇ります。

 

これは

男性・女性・子どもという

我が家の 家族構成というか

 

そういう調和的

シンプルなイメージで

描いたものでした。

 

 

 別のモノが

 同じ和になり 循環し調和する。

 

みたいな感じだったかと

思います。(曖昧w)

 

 

 

すぐに

こんな作品もあったな~

 

思い出せないほど

 

作品が 増えてきたのだな~と

感じました。

 

 

 

ただ

あくまでそれは コンセプトで

みる方により

様々な イメージを お伝えできている感じです。

 

 

 

微動するか

微動たりしていないのか

わかりません。

 

そんな

曖昧さを回避しないものを

描き続けています。(笑)

 

 

 

ありがたいです。

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 どうしても

 はみ出しちゃうんだね。

 

って

 

笑えます。

 

 

はみ出してしまった、と

一言で

言うのも 

 

なんか ちょっと違います。

 

 

失敗で

はみ出してしまったのではないし

 

意図的に

はみ出したくなるのでしょうか。

 

言葉って

難しい。(笑)

 

 

最初は

 

はみ出さないように、と

描き始めても

 

 なんかそんな風に やりたくなっちゃうんだよ。

 

という

感じ

どこかが はみ出している画が 完成するのです(笑)

 

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どの角度からも

みられる画を。

 

はみ出していても

 

 これでいいのだ。

 

 はみ出しても

 

 はみ出さなくても

 

 全部大丈夫なんだよ。

 

 

包み込むような

美しい調和を。

 

描きたかったのかも

しれません。(だから曖昧w)

 

 

 

 

 

 

1月の6日は

新月で 月が見えませんでした。

 

 

昨日(9日)の夕暮れ時

 

スローウォーキングというか

軽く運動に出かけると

 

美しい三日月が

出ていました。

 

 

 

今朝の明け方には

とても 明るい星が

東の方の空に 光っていました。

 

 

 

冬はとっても

寒いけど

 

きんと冷え込む空気は

限りなく クリアなので

 

天体観測が楽しいです。

 

 

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今日もすべてに感謝を。

 

 

ありがとう。

 

 

 

*行間や余白に 何を創造していこう*

 

 

昔、

山田詠美さんの小説に嵌っていた時期に

 

あるエッセイに

 

 刹那というのは 言葉では表現できない

 

という描写がありました。

 

 

 

 

これに

心をぐっと 惹かれた感覚が

 

今でも ときどき 湧き上がります。

 

 

 

 

瞬きよりも短い 刹那。

 

どんな表現でも

表すことが できないけれど

 

確かに

存在しているもの。

 

 

 

 

 

 

行間や余白を読んでほしいときがある

 

 

春ごろ

冗談交じりに

語り合いました。(笑)

 

 

 

 行間や余白

 

 目には視えない世界を どう感じとっていくか。

 

 

 そこには

 

 じぶんしか わからない何かがあるかもしれません。

 

 

 

 

さて、

年末から 描いていた

画です。

 

 

子宮なのか 宇宙なのか

 

それ以外なのか(笑)

 

 

わかりませんが

新月の日に ちょうど完成しました。

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実は

横を向けております。

 

 

実際には

縦のイメージでした。

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柔らかく溶け出す イメージだったのですが

なぜか stone もしくは streem

 

岩か嵐か。(笑)

 

 

溶けだすよりは

崩れ出しているのかもしれません。

 

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小さな交わりから

微細な振動から

 

大きく 崩れ、溶けだしていくもの。

 

 

 

先日

新月には

とても 面白いことがあったので

 

星は専門外ですが

少し 星の動きを 

読んでみました。

 

 

天体が順行という文字が

並ぶ中、

 

気になったのは

天王星が 牡牛座入り(戻る)というような

記述でした。

 

 

 

なんの根拠もないのですが

 

じぶんの

人生の なにか新しい動きが

 

 

 ようやく 始まりそうなんだ。

 

思いました。

 

 

 

数年間、続くようなことが

書かれておりました。

 

 

 

 

人は

刹那 刹那に

 

生まれ変わって

 

新しい。

 

 

 

魂は

その じぶんと思っている(身体をふくめたあらゆるもの)を

 

瞬間よりも速く 移動していくものかと。

 

 

 

よく

ステージが変わる。

 

表現されていますが

 

新しいスタートは

新たなステージなのかもしれません。

 

 

 

 

今年は

何もないように 思っている空間

 

 

更なる意識を

向けていくのかもしれません。

 

 

 

すべては

流れのままに。

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今日もすべてに感謝を。

 

 

ありがとう。

 

 

 

*「おかあさん」がたくさんいて。*

 

 

昨夜は

大好きなお姉さん的お友だちと 

面白いメッセージのやり取りを

楽しみました~。

 

 

ありがとう~。

 

 

 

 

お姉さん、おにいちゃん

 

 

おかあさん。

 

 

そんな存在が

人生には 何人もいてくださって

 

特に

 

 「おかあさん」(実際に おかあさん、と呼ぶ人)が

 

わたしの人生に

すごく 多いな(笑)と

 

さっき改めて

気づきました。

 

 

 

そもそも

実母に育てられていない(仲良しです)

 

ある意味

特殊な環境で

 

祖母が 母でした。

 

 

祖母の家にいた

叔母も 母でした。(笑)

 

 

この時点ですでに

おかあさんの存在が 3人いました。(超 贅沢!)

 

 

 

離婚をして

もう20年ですが(笑)

 

その時に

 

 おかあさん。

 

呼ばせてもらった お姑さんとは

 

今でも仲が良くて

おかあさん、大好きでして(笑)

 

いまでも

おかあさん。

 

 

 

おとうさんとは

縁が薄いのか(←みそっぽいw)

 

おにいちゃん、とも

それほど縁が薄いのか(←書いていて気づきましたw)

 

 

特に

 

 おとうさん

 

呼ぶ存在は

 

お舅さんは

そう呼びましたが

 

人見知り、話嫌いの方が多く(内面は優しいので すごく良くしてもらいました)

 

 おとうさーん

 

気軽に呼ぶ関係の人は

誰もいませんでした。

 

 

 

 

先日書いた

なじみのお店の ママさんも

 

年代的には

 

姉や母の様な

存在でした。

 

 

 

 

いま 住んでいる場所にも

 

 おかあさん

 

がいます。

 

 

 

実際に

 

 おかあさん

 

呼ばせてもらっています。

 

 

うちの子どもは

 

 おかあさんと じっちゃん(その旦那さん)

 

と 呼んで

なんでも 報告しに行きます。

 

 

 

まるで 孫のように。

近所の子どもたちを

 

可愛がってくださいます。

 

 

 

 

最初は

うちの子どもが 遊ぼう、遊ぼうと言いに行くので

 

ご迷惑かと

その都度

お詫びに伺ったんですが

 

なんというか

その 迷惑じゃないか。という心配りは

当然 あるし

なくさないものだと 思いつつ

 

 

それ以上に 

相手の反応や 日々の会話から

 

 こちらが 何度も

 

 お詫びをするのは 

 

 相手を信頼していないという 傲慢さだったかもしれない。

 

 

 そんな器の方々じゃないんだ。

 

 

 すごく 心が広くて 大きな方々なんだ。

 

 

気づいた時がありました。

 

 

 

そこからは

 

ご近所家族のように

仲良くさせてもらっています。

 

 

わたしも

じぶんの出来ることで

色々 お手伝いしたり、と

するようになりました。

 

 

小さな、些細な事です。

 

 

 

だけど

言葉にできない

そういうものを

見つめ続けていくのが

 

好きなのだと 思います。

 

 

 

 

今日 思い出したのは

 

ある飲食店のマスターでした。

 

(そこから おかあさん的存在の話が 浮かびました)

 

 

この人とは

もう20年ほど前に

別のお店で 知り合いました。

 

年は わたしより

5つほど上かと思います。

 

 

若い頃の

ひどい状態(笑)や

 

上の子どもの成長など

 

長く 大きなこころで

見守ってくれている 存在です。

 

 

マスターなので

男性で お兄さん。のような存在かと

考えてみても

 

このマスターも

なぜか おかあさん。のように

感じています。(笑)

 

 

 

もう10年ほど前かと

思うのですが

 

当時、寝たきり寸前の状態で

ふらふらになり 

 

すぐ近所だった

この人のお店に行き

 

 お昼ご飯が 食べたい。

 

言いました。

 

 

 

お店は

昼の営業時間が 終わる前で

 

このお店のメニューは

関係なく

 

 そっかー。

 

 じゃ 何が食べたい?

 

ニコニコと

聴いてくれたのが 印象的でした。

 

 

 

なんとこたえたか

忘れましたが(おいww)

 

 

 よーし!

 

 ちょっと待っててや~

 

 

出てきたのは

 

温かいおにぎりと

お味噌汁と だし巻きでした。

 (お店のメニューには ないものも出してくれました。)

 

 

すでに

日常生活が 困難になってきていて

料理ができなくなった わたしでした。

 

 

見た目もなにも

 

酷い姿だったと

思います。

 

 

 

 

 

あの日の美味しさと

温かさは

忘れられないものです。

 

 

 

 おかあさんみたいだ。

 

思ったのは

その時だったのかもしれません。(笑)

 

 

 

 

最近、

上の子どもが マスターに会いたい、というので

 

昨年の夏頃、一緒に

このお店に行きました。

 

 

 

マスターは

上の子どもが 赤ちゃんの頃から

知っていて

親のわたしよりも 

子どもに 色々聞いていました(笑)

 

 

もうすぐ お店は

創業20周年だと

いう話を していました。

 

おかげさまで。

 

おかげさまで。

 

ニコニコ話している姿は

 

 観音様になっちゃったな!

 

思ったものです。(笑)

 

 

※ただし 若かりし頃は

 怒られることもよくあったので

 その時は お不動さんのようになっていました。

 

 近年はもう 怒られることもないです(笑)

 

 

 やっぱり「おかあさん」だよな、と思いますw

 

 

 

 

 

 

 

 

人は人生で

出会う人を 

生まれる前に 決めてくる。という説があります。

 

わたしは

この説(魂の設定、コントラクト)が好きです。

 

 

 

ここにも

やや 疑問的な要素があります。

 

 

 

すべての次元(時系列も含め)

いまここに 

同時に存在している。

 

というのならば

 

生まれる前の

設定している 次元も

 

今、存在する(もしくは 今創造できる)と

思うんです。

 

 

 

だから

あまりに 偏って

 

設定だから。に

こだわる必要はない。と 捉えています。

 

 

いくらでも

書き換えられるのかもしれない。と。

 

 

 

 

この出会いに関しての

設定の書き換え。とかは

いまだ よくわからないけど

 

じぶんの状態(周波数)で

人生で関わってきた人の

過去の出来事も

なにか 違うのかもしれない。とは

思うようになりました。

 

 

父が

わたしを これまでの過去と

まったく逆の人間だったように話したり

 

叔母も(おかあさん的な)

そういえば

 

以前は

 

 あなたは いつもおしゃべりで うるさかった。

 

言っていたのに

 

先日は

 

 あなたは ひとりでお利口に 遊んでいたよ。

 

 ほとんど 話さなかった。

 

これまでも そう言ってたでしょ?

という当然のような感じで

話していたので

 

 

 え?

 

 (あれだけ おしゃべりだと 言ってたのに?)

 

 

思ったんです(笑)

 

 

 

これについては

 

たぶん。ですが

人間は多面体なので

 

過去の出来事は

変わらない。のだけど

 

その人たち(たとえば父や叔母)が

当時の出来事に合わせていた 周波数が

変わって

 

別の場面を

引き出しているのかもしれません。

 

 

 

答えはないけど

時々こういうことを

ぼーっと考えたくなります。

 

 

 

 

ぼーっと

リラックスしている時、

 

ハイヤーというか

宇宙と繋がっているそうです。

 

 

いつも

ぼーっとしているので

 

わたしは いつも繋がっているのか・・。

 

思いたいですが

 

わたしには

まだその感覚は

さっぱりわからないままです。(笑)

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 3日の明け方。自宅からの景色 三日月が美しい夜明けでした。

 

  今日は部分日食と新月ですね。

 

 

 

 

今日もすべてに感謝を。

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

*今年、手放し開放しているもの*

 

 

来週 9日からは

冷え込むそうです。

 

今年は

とても温かいので

 

寒い日には

気が引き締まります。

 

 

つたないブログを

 

読んでくださる方

ありがとうございます。

 

 

 

 

去年の大晦日なのか

元旦に

 

思いついて

していること(ワーク的なw)があります。

 

 

「わたし」というものを

去年 色んな観点から

過去からなにから 眺めまくって

気づいたこと。

 

 

「わたし」って

なにものでもない。

 

なんでもない。(否定ではないです。)

 

という肯定。

 

 

 

脳のニューロン機能?だか 回路は

すごく 優秀です。(それも 去年感じていました)

 

神経細胞 - Wikipedia

 

 

 

家族と同居していたら

脳は すばやく 

じぶんの思考みたいに コピーしちゃうんです。

 

 

それが

子どもの頃から

書き換えられ続けていました~。あは!ですねw

 

 

 

 

 

感覚が

鋭い人ほど

 

感化を 感じやすい、とも

思いました。(わたしの観点)

 

 

 

人も気持ちを

感じやすい、と思う

超エンパスなわたしは

 

ニューロンが半端ない!

気づきました。

 

 

我が家の家族も

同様に すごいです(笑)

 

 

 

 

 

去年の後半あたりから

 

 じぶんの聖域を 意識する。

 

という

メッセージが 続きました。

 

 

じぶんと 

じぶん以外のモノの 

境界線を意識する。

 

ということで

 

じぶんにつながる

関係のない

エーテルコードのカットを

していました。

 

 

 

 

すごく簡単で

寝る前の リセットの意味で

 

イメージするワークです。

 

 

これまでも

 

 エーテルコードのカット

 

 不要なエネルギーの除去

 

 クリアリング

 

 プロテクト

 

やってました。(なんとなくw)

 

 

 

 

 

 

このワークに

 

さらに、

今年の手放しとして

追加したことがあります。

 

 

この時

中心にいる

「わたし」を

 

光で

手放します。

 

 

「これがわたし」だと

思っているものまで

手放そう習慣。です(笑)

 

 

 

 

一番最初は

 

 え。これやっちゃって 大丈夫?

 

思いましたが

 

なんだか

これがいいように思えて

 

やり続けています。

 

 

 

 

 

 

視えない部分の

「わたし」が 光に還ることで

 

本来の

「わたし」になるのかもしれないし

そうでないかもしれません。

 

 

もう少し

続けてみようと

ライフワーク的になってきています。

 

 

 

これをやってみて

翌日。

 

それまでの

耳鳴り(ではない)鈴の音が

 

もう一段階

高く細かくなりました。

 

 

 

誰かが言った 「わたし」って

 

じぶんの内側が

変わると

変わっていたりします。

 

 

面白かったのは

 

父親が

 

最近やたらと

そんなこと 言ったことないのに!と

思うような

「わたし」を 話すことです。

 

 

 この子は 運がいいから。

 

 この子に 任せると 大丈夫だから。

 

 この子は なんでもこなす 器用な子だから。

 

 この子は 食いしん坊だから。(笑)

 

 この子は 頼りになるな。

 

去年あたりまで

これとは 真逆のことを

言われ続けていました。

 

 

なんでそんなに不運なんだ。

 

始まり

 

ぜんぶ、逆だったんです(笑)

 

 

 

 

念のため

年齢的にも

 

父が 認知症などの疑いがないか

母に 確認したり

じぶんでも 会話してみましたが

 

まったく 大丈夫そうです(笑)

 

 

 

 

去年、

わたしが 気づいた

父や母

家族・出会う人たちの変化は

 

 誰もかれもが 輝きすぎて

 半分仏様みたいになっちゃってる!(大丈夫なの?!(笑))

 

でしたが・・

 

わたしが何か

父にしたことはなくて

 

 

父が 突然

こういうことを 

 

昔からそうだった、と

言い出すので

笑えました。(突拍子がないと 笑えますww)

 

 

 

 

一番 身近な存在の夫。

 

 

あまりに輝いていて

気になりすぎて

 

 

これは 直接

夫 本人に

 

 成仏しそうなんだけど 大丈夫だろうか。

 (縁起でもないけど 言葉にすると仏様や神様のようになっているんで・・)

 

 

言って

見える状況を

軽く説明してみました(笑)

 

 

本人は

まったく自覚もないけど

 

 みんな 笑っているから大丈夫。

 

だそうです。

 

 

 

先日

夫が・・

 

晦日の罰ゲームの録画を深夜に観て

ひとり、大爆笑してたんで 大丈夫だと確信しました(笑)

 

 

 

 

 

 

12月頃から

足のサイズが 思ってたのと

違っていたことを知り(笑)

 

足のサイズにあった スニーカーを買いたい。

 

思っていたら

おかん様に

プレゼントしてもらいました^^*

 

 

アディダスのジョギングシューズ。↓これ。

shop.adidas.jp

 

アウトレットモールで

すごく お安く買えたそうで

おかん様もご機嫌で プレゼントしてもらいました~。

 

 

 

晦日

物置を 断捨離したからかな~。

 

 

 

 

今年も益々

内側の手放しと 開放を。

 

どこまでも

やっていこうと

思います^^*

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今日もすべてに感謝を。

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

*お正月と 雑談*

 

 

あけましておめでとうございます。

 

 

改号は まだ先ですが

今年は 元年となる年です。

 

 

新たなはじまり。

 

 

今年もどうぞよろしくお願いいたします^^*

 

 

 

 

元旦から

まさかの 腸内デトックスが始まり

毎年10個は食べるお餅も 3個に留め(それでも食べたw)

 

正月太りを 自然と回避できました←いいことだと思っております(笑)

 

 

 

うちの家系は

どうも 大事な日、

 

 きょうはじぶんが 動かないと!

 

と気合を入れすぎてしまうと

 

どこかしら

体調を崩すのだと わかってきました。

 

 

ちなみに

父は 祖母(実母)の葬儀の日、当日に

 

突然 足が腫れ上がることになり

松葉づえでしか 歩けなくなりました。

(急激に通風が悪化したという 通風でもないのに意味が分からない診断でしたw)

 

病院で

 

 松葉づえは 貸し出せない。

 

というひと悶着もあったらしいです。

 

宇宙は

喪主である父を動かさない、と決めていたのだと あとで思いました。(笑)

 

 

おかげさまで

父は

葬儀後、回復して今は走れます。(爆)

 

 

 

 

話がそれましたが

今年のお正月も

 

わたしは おかげさまで頑張りすぎることがない分、

周囲に 子どもの遊び相手をお願いしたり

合間には ゴロゴロしたりして

 

とても楽に過ごしました。

 

 

 

初詣には1日の朝、向かいました。

 

写真はないのですが

人が多くなる前の時間帯だったようで

 

毎年恒例の

鐘撞きもしてきました。(我が家はお寺にお詣りします)

 

 

おみくじは

吉。

 

3人とも吉だから

 

 サンキチさん!

 

と言いながら

楽しみました。

 

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これは大吉ですな。と

思っています。

 

神様のお手紙(今回は お寺なので仏さまの神様)は

いつも とてもありがたく じんわりと心が温まります。

 

 

今年のお正月は

 

うちの下の子どもが 成人するまでは!

 

という言葉を

多く聴いたのが 印象的でした。

 

 

 

 

ありがたいことに

実家の母も 夫も

 

 この子が成人するまでは。

 

大きな愛で

包んでくれております。

 

 

 

このふたりには

 

 成人してからも お願いします。

 

その後の長生きも

お願いしております。

 

 

 

 

あくまで目安、なのですが~

 

我が子は小学生ですが

おおよそ、幼児の成長くらいだと感じます。

 

ゆっくりの成長、楽しみます。

 

 

 

 

上の子が

これまた どうしてそんなに・・と思うほど

今でも ジーンズを履きません。

 

 

子どもの頃、

ジーンズを履かせたくて

何度か 買ってみましたが

今でも 嫌いだ、と言って 履きません。

 

 

それで

下の子には ジーンズを

勧めなかったのですが

 

この子は

 

 お揃いが欲しい!

 

と言って

昨日、お揃いの買い物をしに行きました。

 

 

 

わたしも夫も

普段、ジーンズなので

 

 

 ジーンズを履くなら、みんなでお揃いだね~

 

というと

 

すすんで ジーンズを試着し(笑)

今では すでに履きこなしています。

 

 

 天晴だ。

 

思いました。

 

 

 

上の子の言葉で

 

 締め付けるのは 可哀想かもしれない。

 

ジーンズを 買おうとさえ

思わなかったのですが

 

見事に 軽々履きこなし

コーディネートを 楽しむのだそうです。

 

昨日も

4、5パターンの ジーンズコーディネートを

床に並べていました。(笑)

(下の子はなぜか 誰にも似ず オシャレ番長)

 

 

 

 

 

日常的雑談(日記的なもの)は

ここまでにします。(笑)

 

 

 

 

 

スピリチュアルの方の話を

少し書きます。

 

 

まず

初夢は

 

 え。なんでこれ?

 

というくらい

 

大昔の 離婚時の夢でした。

 

当時の離婚とは

場面は 違いましたが

 

離婚した夫との会話が

目覚め寸前で そこだけ残っています。

 

 

 

離婚した夫が

 

 そっちがやりたいようにやってくれればいい。

 

言います。

 

 

わたしは

 

 もちろん、じぶんで動くけれど

 最終的には ひとりだけではできない。

 

 そちらの同意(サイン)は必要です。

 

言うと

 

 わかりました。

 

いう会話でした。

 

 

 

↑ すみません、

これはなんの メッセージでしょうか(笑)

 

 

それ以外の

初夢は

 

3人くらいで 鏡を眺めています。

 

その鏡に

内面の醜さが 映ります。

 

 

それで

各自

持っているじぶんの エネルギー(光)を使って

内面の醜さを 見つけたら じぶんエネルギー(光)を当てる。

 

 

という

いかにも スピリチュアルな夢でした。

 

 

 

印象的だったのは

他の人は 

全員、紫の光でした。

 

エネルギーが 紫だったのかな~。

 

 

 

わたしだけが

緑でした。

 

 

 

そしたら

 

紫だった人たちが

 

 え。緑?なんで?

 

 ちょっとこっちもやってみて!

 

 緑って 不思議!

 

と言われて

 

 じぶんでしないと ダメなんだよ~

 

 紫でしなさいよ~

 

 

言うと

 

目が覚めました。

 

 

 

意味は

さっぱりわかりません。

 

 

だけど

緑には とても縁が深いので

嬉しい夢でした。

 

 

 

 

 

 

今年になりまして

すでに 去年読ませていただいた

 

スピリチュアル系のブログから

撤退しました(笑)

 

 

 

おそらくは 読者登録しなくとも

気になるブログには

たどり着くような気もしていますが

 

いまは 読者登録は

お料理や断捨離(笑)

 

あとは お友だちとか

 

交流のある方

読みたい人だけ、となっています。

 

 

 

 

 

今年の元旦から

浮かんでいる メッセージは

 

 見えるもの(身体や物体)の

 視えないところを 動かすことを意識する

 

でした。

 

 

ちょっと重要だと思っているので

ここに 健忘録として 書いております。

 

 

 

このメッセージをもらってから

可動式なのに 動かしていない家具、をずらしたり(笑)

 

動くけど 普段は動かさないもの、を

動かしてみました。

 

 

 

なにも

大げさな事ではなくて

 

ちょっとしたこと。でいいんだと

いう 感じです。

 

 

座りっぱなしになっているな、と気づけば

 

深呼吸して 

身体を少し 動かす。とか

 

そういった ゆるい感じで

準備期間の準備運動、のように

 

なにかを

また 作り上げているのかもしれません。

 

 

 

 

 

もう10年ほど前かと

思いますが

 

あるお正月。

 

 

 

その家では

普段、施設に入所している

親戚に

 

お正月だけ 外泊して

実家で過ごしてもらう。ということを

していました。

 

 

その家に

ご縁があり お手伝いをしました。

 

 

 

ひとりの方は

目が見えないことと 精神疾患を抱えておられました。

 

一部の人は

その人の 行動やお世話を

とても 嫌がりました。

 

 

わたしは あくまで

部外者として お手つだいで

その場にいました。

 

 

積極的なお手伝いも

よくわからず(笑)

 

目が見えない方のサポートを

お願いされて

そばに ついていました。

 

 

 

 

目が見えない、とはいえ

長年 その家で暮らしておられたので

食事以外では

ほぼ お手伝いするようなことは

ありませんでした。

 

 

食事の際に

配膳や 料理の説明を

わたしが 横でさせてもらいました。

 

 これは、○○ですよ~

 

とか

 

本当に わずかだけ

お手伝いをしました。

 

 

 

その方々が

病院に戻る日には

 

大変 丁寧に

手を握って

感謝の言葉を くださいました。

 

 とても良くしてくれてありがとう。

 

 また会いましょう。

 

仰いました。

 

 

 

申し訳ないことに

様々な 変化があり

その言葉を 叶えることができませんでした。

 

 

 

 

こうして

最近 

 

 普段は 忘れているようなこと。

 

ふと 浮かんできます。

 

 

 

 

 

きっと

それぞれの

新しい場所への 移動なのでしょう。

 

 

 

過ぎ去ったことへの

感謝を感じ切って 手放していく。

 

 

今年は

そういう年かもしれません。

 

 

 

 

 

 

どういう年でも

今年も 去年の抱負と同様に

 

1年の終わりには

すべてに 〇をつける。と決めています。

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の三が日が

過ぎ去るころ

 

夫に

 

 来年のお正月は どんな風に 楽をしよう。

 

話したら

 

 

 

 お前はもう 来年の正月の話か(笑)

 

笑われました。

 

 

 

 

来年の話をしてたら 鬼が笑う

 

という言葉を

思い出しました。

 

 

 

そしたら

その時

お正月に ぼちぼち進めていた

 

日課のゲームが イベント時期で

 

イベント中にだけ出てくる

 

小鬼が

 

 ケラケラ

 

笑っていました(笑)

 

 

 

イベントでは

よく 出てきますが

イベントが終了すれば そのことは忘れています。

 

 

今回も

鬼がいるのは 知らなくて

 

そんな会話をしたばかりだったので

笑えました。

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我が家のお雑煮は 二種類。(白みそが地元のモノです)

 

 

 

今年も

のんびり 笑っていこうと思います(笑)

 

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今日もすべてに感謝を。

 

 

ありがとう。